2009年5月14日木曜日

中国燕麦 (★)

5月14日

 「? 」 中国燕麦をソバの話題にするなんて、バーさん朝から寝ぼけているのではないのか」と、一喝したくなるお方もおいででしょう。 いえいえ、入力ミスではござんせん。
燕麦はカラスムギ、オートムギで、中国では「ユーマイ」と呼んでおりますところの、どちらかといえばコムギ、オオムギに近い作物であります。
と、目は覚めていることをご確認頂いた上で、朝のご挨拶とさせて頂きます。
直接に燕麦の話に入り、それが何処でどうしてソバに繋がり、何が問題かと述べ始めるのは、エンジンへの負担が良くないように思えますので・・・
(勝手なことを言うババだなー、まー、無駄口の中にも重要なこともあるかもしれないから、聞いてやるか・・・)

今日の日経ビジネスのを見ていたら、中国のネット人口はいまや3億人を超え、日本の総人口の2倍に達したとの対談記事の見出しが目に飛び込んできた。内容の詳細は省くが、とにかくそれを見て、なるほど、やっぱりとすぐに頷いた。
私が中国のネット人口の爆発的増加を感じ始めたのは、去年の夏、中国の燕麦についての情報を探していた時である。その動機や情報の内容は後に譲るとして、それは何とも便利だと狂喜に等しい状態であった。
グーグルが中国上陸をやって、これほど便利になったのかと、グーグル様へのファンの程度も増した。いや、もう少し私の日常感覚に即して言えば、スーパーの品揃えが急に増え、価格は下がって、これは都合が良いことになったなーというところだったのだが・・
しかし、情報量は増えても、まるで同じ文章がやたらに多い。注意して読まないと、どれが原著か分からない。つまり、著作権侵害に当たるようなものがやたらに多いのだ。
そのうちに感を働かせて、より原著に近いものを辿る感が養われてきた頃、なるほどと思い始めた。
「それ見たことか、中国はそういう点では後進国だとか、多く海賊版やのコピー商品を作るのは中国が一番ではないか」との厳しい声が耳元に聞こえなくもなかった。しかし、そこで止めるのは性にあわない。続けることにした。ましなものが落ちているかも知れないからと、地面を探す貧乏根性というやつ。

孔子様のおしやったことや、史書や五経が著作権には当たる訳がない。その古典から現代までの区切りが付けようもない文化なのだと、一応考えることにした。そう考えれば、同じ漢字で書く単語の、中国語と日本語の違いも、ぼんやり分かってくる場合もあるではないか。
 ソバを研究しているババは料理に関心があるが、料理にどれが上だとか下だとか、旨い不味いを述べ立てるのは、好みに合わない。何故そこにそんな料理があって、そこの人はそれを美味いと感じているのかを知るのが楽しいだけだ。
 私がそこの空気も味わって、はじめて美味しいと感じる。評判やミシュランの星で決めるわけではない。

 とまー、そう言う訳で、せっせせっせと中国の情報収集にあたった。
とはいっても、それは自分の出した大体の結論をもって、中国のソバ仲間に話したいと思ったからで、予習、下調べだったのだが。

山姥が人気のない  でブツブツ言う独り言だから、世間様の害にはならないだろう。

それはさておき、蕎麦と燕麦の関係の話に入ろう。
ますここで、私が中国の燕麦に関心を寄せるようになった動機を簡単に整理しておきたい。

★ ヨーロッパではソバを粉にして食べる場合と粒で食べる場合があり、その食べ方の習慣(?)は、地域的にかなりはっきりしている、フランスより南は粉食、ポーランドより北は粒食に別れる。


★ 粉食の地域はコムギのとれる地域、粒食はライムギの栽培がやっとか、それにも適さない寒いところで、エンバク栽培の盛んな地域


★ 中国はほぼ完全に粉食である。


★ 北欧にも中国にもエンバクが栽培されているが、北欧のエンバクは皮付きで、製粉に適さない。中国のエンバクは裸エンバクで、製粉が容易である。


ならば ⇒ 中国の裸エンバク、ユーマイといわれるものは何じゃろか?

かなり前から調べてみたいと思っていたのだが、中々手が付けられないでいた。昨年の夏に暑さしのぎに、中国のネット情報検索に乗り出したわけである。
いやこれはあくまで私の貧乏根性の故と言えよう。○○の設置費用も電気代も節約して、ダダのグーグル様に依存しようとしたまでの話である。その結果、山姥の足腰には悪かったが、暑さ忘れには十二分役に立った。まー、冷房が体に悪いのと大差ないというところだろう。

おお、眠い!
まるで北欧の冬、日が出たらすぐ沈む、「お早うございます」と挨拶する時間だけで終わる今日のブログは北欧の冬並み。

まー良いか、明日という日もあるのだから。

(注) ソバの皮を剥いたもの、すなはち蕎麦米は、最近日本でも広まり始めているが、私が研究を始めた頃には蕎麦を粒のまま食べる習慣は徳島と山形のごく一部に残っていただけである。現代では蕎麦米はかなり多くの地域で簡単に手に入るようになったが、あれは蕎麦焼酎を造るための原料として、そば殻をむいたものを大量に作るための機械が開発され、そこで出来た剥き身の蕎麦が余ったのが始まりである。中国でもこのところ蕎麦米の生産が行われているが、それは日本への輸出に対して付加価値を高めるためである。このあたりの話は、今日は一応横に置いておこう。

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